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書評

ガブリエル・タルド著『模倣の法則』

池田祥英・村澤真保呂訳、河出書房新社2007.9.刊行

『東洋経済』2008.1.19, 132.

 

 

 かつてこれほど瑞々しい感受性をもって社会を分析した著作があっただろうか。いまや古典中の古典とされるタルドの主著(原書は一八九〇年刊行)の完訳版が、百年以上の月日を経て刊行された。とりわけ「流行」や「コピー」といった現象を読み解くための、必読の理論書だ。

タルドによれば、「社会とは模倣であり、模倣とは一種の催眠状態である」という。衣服・言語・風習・ビジネスなど、私たちは催眠術をかけられたかのように、すぐれたもの模倣する。しかしそもそも催眠術にかかる人は、催眠をかけられたいという欲望をもっており、催眠術師はその欲望を引き出す。模倣の場合も同様に、人々は根源的な「模倣欲望」をもっていて、それを引き出すのは「威信」であるとタルドは喝破する。

かつてアダム・スミスは、近代市場社会の原理を人々の「共感(同感)」に求めたが、タルドによればそれは誤りで、むしろ多くの人々は、威信のある人々を一方的に模倣することでもって社会が成立する。しかも模倣現象の増大によって、社会は爆発的に近代化していく。

大量の模倣現象は、人々が既存の社会慣習から解放されて、強度の高い都市生活のなかで余剰と奢侈と美を求める場合に生じる。それゆえ模倣の欲望を醸成するには、崇拝における魅惑と威圧の結合によって、人々の感覚を鋭敏にさせ、知覚を麻痺することが効果的だ。

模倣はしばしば、衣装などの外面から出発して内面的精神に達するといわれるが、タルドの説はその正反対。またタルドは文明化とともに、模倣が無意識化していくと論じる。驚きに満ちた観察眼だ。

橋本努(北海道大教授)